ちゃぷれんの広場

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7月のこらむ (2018年06月01日)

心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。

マタイによる福音書5章3節

「心の」と訳されている箇所は、「心底」と読み替えて読むと、聖書の言葉が違って迫ってきます。心底貧しい人々。聖書の世界では、この心底貧しい人々が沢山出てきます。そして心底貧しいがゆえに、頼るものが無く、だからこそ神にしかすがれない状況にある人々のことを語っています。

この貧しい状況に置かれた人々のことを取り上げるのは、もしかしたら私たちの住んでいる社会で、そのことが見過ごされてはいないかという思いがあるからです。

教会やわたしの周りでも子ども食堂に関わっている人がおられますが、その日の食べ物や、愛情をもって食べる環境からほど遠くなっている人々の存在を思う時に、この聖書の個所が思い浮かびました。

この言葉はイエス様が人々に語られた言葉ですが、「幸い」という言葉の意味は、貧しくあることが幸せだという意味ではなく、心底貧しい状況に置かれている人には必ず、神さまからの励ましと力づけ、祝福があるという神様の励ましの約束が語られているのです。毎日主の祈りを子どもたちとお祈りしていますが、その中に、「私たちの日ごとの糧を今日もお与えください」という祈りがあります。それは、今貧しく今日一日の糧が与えられないお友だちとも共に食卓を楽しむことが出来ますようにという共に生きる祈りが祈られているのです。

天の国は、今この地上に実現するべきもので、その主役となるのは、心底貧しくさせられている人であり、一緒に食卓を囲みたいと願う人々です。

私たちの園は、教会と共にこの祈りと神様の約束を心に留めて生きる者たちでありたいと思います。富める時も貧しい時も、一緒に歩めますように。その祈りは、必ず子どもたちに安心を得させ、貧しい時にも神様の愛を感じ、必ず神さまが導いてくださると信じて生きて行くことが出来るようになります。神さまの祝福と幸いがすべての人と共にありますように、子どもたちと共にありますように。


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