ちゃぷれんの広場

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青虫 (2014年11月02日)

a青虫発見。おともだち、大興奮。このあとどうなったか。そーっとしてあげたんだね。こどもたちのお庭はワンダーランドだね。


砂場の穴 (2014年11月01日)

suみんなで眺めます。この穴を。しばし眺めておりました。砂場、だれが何のために掘ったんだろう。結論の出ないままに、わたしたちは次の不思議へと移っていきました。


11がつのコラム (2014年11月01日)

クリスマスを二か月後にひかえて

~聖劇は豊かな土壌~

「天使は、彼女(マリア)のところに来て言った。『おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。』」ルカによる福音書1:28

聖書やキリスト教は、正直とっつきにくい、と思っている人が殆どではないか、と思っています。宗教はほどほどにしないと怖い、と結構多くの人が思っていると思います。そして、聖書を開いたことはあるけれど、意味が分からない、という感想を持つ人が多いと思います。そして聖書が語る世界は、私たちの生きている世界の常識とかなりずれている、と感じることもあるかもしれません。

そんな思いの隔たりや、理解の違いを、牧師という存在はあまり感じずに生きているので、かなり独りよがりな発言をしているのではないかと反省し始めています。

そこで、少しゆっくりとキリスト教行事や、聖書の箇所を味わっていきたいと思います。クリスマス、それは12月25日ですが、折角ですので、このイエス様誕生の場面の中でイエス様の母マリアのこの一節を味わってみたいと思うのです。この言葉を読んだ感想はいかがでしょうか?

天使ガブリエルがおとめマリアに告げた言葉です。この「おめでとう」という言葉をマリアはどのように、どんな状況の中で聞いたのでしょうか。この「おめでとう」という言葉は、通常おめでとうと言われるような場面の中で語られたのでしょうか。実は、全然違ったのです。年齢も13歳くらいで、自分に身の覚えのない身ごもりを告げられた時のマリアは、恐怖が先にたったのではないでしょうか。マリアの恐れと戸惑いは計り知れないものがありました。聖書が語る「おめでとう」や「恵み」とは、人がそうは思えないような状況の中で語られることが殆どです。

このことだけでも、何とか思いめぐらし、味わうことが出来たらと思います。

わたしはよく、神様がいつも共におられるから安心だよ、いつも守ってくださるから大丈夫、と言っています。その根拠はこのような聖書の箇所から来ています。

でもいうだけではだめだし、自分がそのことを生きていなくては意味がないことになります。子どもたちや保護者のみなさんにも、この聖書の言葉が真実だということを一緒に感じることが出来るようにするにはどうすればいいのか。困難なその只中に、神様がともにいてくださって、その時と場所を恵みと喜びの場所にしてくださる。そんな体験が出来たら、なんとすばらしいことでしょう。

幼稚園でするイエス様の降誕劇は、そんな願いの中からいつしか生まれてきました。聖書の言葉を心と体で味わい、その物語を自分も生きてみる。それが聖劇の起こりでした。この聖書の言葉は本当かなあ、よく分からないなあ、まったくの嘘じゃないのかなあ、と思う方もおられるでしょう。でも、聖劇は、台本によって支え導かれ、養われ、いつしか自分たちの物語になるのです。さながら豊かな土壌の中で、色々な栄養分やつながりを受けて育つ命のようです。今年も台本である聖書の言葉に身を委ねる聖劇が行われます。出来ますならば、保護者のみなさんとも、このマリアのみ告を味わいながら、その日を迎えられたらと思います。


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