ちゃぷれんの広場

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クリスマスおめでとうございます☆ (2014年12月25日)

1225幼子イエス様の誕生の場所は、貧しい馬小屋でした。そこは、泊るところがなかったマリアやヨセフが身を寄せることができた唯一の場所でした。

きらびやかな装飾も、豪華な食事もありませんでしたが、あたたかな思いがあふれていました。

貧しい羊飼いたちや、外国から来た異邦の博士たち、その方々のような交わりの外に置かれていた人たちが真っ先にかけつけることのできた場所、それがクリスマスの場面でした。

そこは、素朴で安心して思いを表現できる子どもたちの天国でもありました。この日、クリスマス会のページェント(聖誕劇)で活躍してくれた子どもたちを思い浮かべながら、私たちの間に宿られた幼子イエス様をお迎えしたいと思います。


クリスマス・イブ (2014年12月24日)

1224今日はクリスマスイブ。イエス様がお生まれになった夜、世界のあちこちで、そのことを覚えお祈りしていることでしょう。

幼稚園のクリスマス聖誕劇の練習風景です。

お誕生を迎えるにあたり、子どもたちはそれぞれに心の用意をして、幼子イエス様に笑顔のプレゼントを届けようと必死にがんばりました。

高橋園長先生のお話をよく聞いて、準備をしっかりとしました。人々の心の中に、特に幼子の心の中に、平和の君、イエス様が宿られますように。


一か月前 (2014年12月15日)

kほんの一か月前は、紅葉でした。今年は雪が多そうですね。こどもたちは季節の移り変わりを感じながら、どんなことを思っているのでしょうか。少しは紅葉もたのしめたかな。


福井聖三一教会 クリスマスのご案内 (2014年12月07日)

~おめでとう、マリア。主があなたと共におられます~ 聖書

クリスマス、救い主のお生まれをお祝いする季節。

是非、教会に足をお運びください。お待ちしています。

12月7日(日)午前10時半

主日礼拝 聖餐式(ミサ)

*イエスさまの誕生を迎える季節の第2週。毎週一本ずつろうそくに火を灯し、ご降誕をお待ちします。

正午~午後12時半 チャリティー・コンサート

FMRC 福井中世ルネサンス・コンソート

*東日本大震災、国内外の困難の中にある方々のことを覚え、チャリティー・コンサートを開催します。無料。

12月21日(日) 午前10時半

クリスマス礼拝

*わたしたちの教会ではこの日にみんなで集まり、共にイエス様の誕生を感謝し、お祈りします。礼拝の後にはお祝い会も行われます。ご自由にご参加ください。お待ちしています。

12月24日(水) 午後7時

クリスマス・イブ・キャンドル礼拝

*クリスマス・イヴの夕べの礼拝は、伝統的に暗闇の中でローソクをともしてお献げします。また、沢山のクリスマス・キャロルを歌います。心を沈め、救い主の誕生を覚える礼拝です。

12月25日(木) 午前10時半

降誕日礼拝

この日、主イエスさまの誕生、クリスマスの喜びを、世界中の人々と礼拝の中で、共に祝い、心に深く味わいます。幼子の誕生は暗闇の中で輝く救いの光です。


クリスマス会 (2014年12月06日)

christ今日この日に、全員出席できたことがなによりお恵みだったと思います。

すみれ、さくら、たんぽぽ、ゆり、それぞれの学年のおともだちは、精一杯の表現をしてくれました。

どのおともだちもみんな素敵でした。クリスマス会は幼子イエス様が招いてくださる祝会。イエス様誕生の物語に包まれて、どのおともだちも輝いていました。今夜はどんな話をお家でしていることでしょう。沢山頑張りましたね、今夜ゆっくり休んでくださいね。

with peace of Christ Jesus


12がつのコラム (2014年12月01日)

クリスマス ~マリアとヨセフと幼子イエスの物語~

「そこで、マリアは言った。『わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう、力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません、わたしたちの先祖におっしゃったとおり、アブラハムとその子孫に対してとこしえに。』マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。 《聖書:ルカによる福音書1:46~56》

上記の「マリアの賛歌」と呼ばれる歌が聖書に載っています。このような喜びの歌を歌うマリアの心境はどのようなものであったのでしょうか。出産を控えたマリアは親類のエリザベトを訪れた時、この賛歌を歌いました。不思議なこと、驚くべきこと、社会の仕組みや構造の変革、そんなダイナミックなイメージが歌われています。

先日、私はお二人の葬儀に関わりました。お一人の方の洗礼名をヨセフと言い、もう一人の方の洗礼名をマリアと言いました。クリスチャンになるための洗礼を受ける時に、洗礼名を付ける習慣が私ども日本聖公会にはあります。この洗礼名にちなんでそれぞれの葬儀の時にお話をさせて頂いたのですが、あらためてイエスの養父ヨセフと母マリアのことを思い浮かべる時、そこには驚くべき出来事が起こっていたことを思い返しました。13歳で身に覚えのない身ごもりの経験をするマリア、不安とおそれにみまわれる中での天使からのみ告げ。いいなずけヨセフの葛藤。そして殺戮を逃れるためのエジプトへの逃避。その語故郷ナザレに戻るも、差別と貧困の中での家族生活。息子イエスの宣教活動はやがて十字架刑という、残酷な刑により命を奪われることになってしまいます。そんな出来事の中で、マリア、ヨセフ、そしてイエス、また出会うすべての人の関係の中に起こったことは、新しい家族、開かれ、包み込み、癒され、命が与えられる神さまを中心にした新しい家族の創出と交わりでした。マリアの賛歌は、すべての人、戸惑いと、不安、悲しみのただ中にある人への、マリアのメッセージです。神さまの不思議な働きが、私たちを包み込んでくださいますように。


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