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アウシュヴィッツ平和博物館 (2015年03月27日)

tra福島県白河市にあるアウシュヴィッツ平和博物館を、神学校の同級生と訪れました。昨年4月に福島の教会と幼稚園に同級生が赴任し、同級生を訪ねて福島市を訪れた時に、この博物館も訪れました。

なぜここにアウシュヴィッツ平和博物館があるのか不思議な気もしましたが、敷地内にある列車の中に展示されていた子どもたちの絵が印象的でした。人間の悲しい行いや暴力の中で、当時の子どもたちがその様子を描いた絵が、この博物館に寄贈されたそうです。

私は、2011年4月に福井に赴任してきましたが、その直前の3月11日に起こった東日本大震災のことを心に留めながら歩んでいきたいと思ってきました。なかなか何も出来ませんが、今回は、子どもたちの絵に出会うことが出来て良かったと思います。子どもたちの描く絵が、楽しい絵でありますように。時に悲しいことがあっても、描くことで魂が癒されますように、そんなことを思いました。



3月のコラム (2015年03月02日)

はじめの一歩 ~子どもたちは神様からの使者~

「イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。『子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。』そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。」聖書

キリスト教保育では、この聖書の箇所がしばしば引用されます。イエス様は、子どもたちを抱き上げ、満面の笑みを浮かべながら、子どもたち自身をとっても大切な尊厳ある存在として接しられました。このことが保育、ひいては育ちの最も大切な事柄であることを伝えている箇所だからです。

実際に子どもを一人の尊厳ある存在として見つめ、接することはそう簡単にはいかないことでもあります。悲しいことですが、自分の思いを表現するすべをほとんど持たない幼子は、周りに居る人々が幼子の代弁者とならなければいけませんが、代弁者が幼子の声になれない場合もあります。

子どもたちとともに育つとき、是非心に留め刻みたいことがあります。それは、私も、そして幼子も共に、神様に愛されている存在だということです。子どもたちは神様からお預かりしている大切な存在。神様に愛され、神様から祝福されている存在であるということを、日々の生活の中で心に留め刻むことです。子どもたちをイエス様のところへ連れてきた人々は、子どもの育ちにとって、神様からの祝福が必要なこと、そして、育ちは周りの人に受け入れられ抱きしめられる経験によって育まれることを私たちに伝えています。

子どもたちは、毎日未知の世界へと一歩ずつ踏み出して歩きます。親御さんの思いや期待、愛情を一身に受けて、未知の世界に一歩ずつ踏み出します。 子どもたちが自尊心を養い、新しい一歩を踏み出すために、子どもたちを神様からお預かりした大切な存在として、接することができたらと思うのです。新しい一歩の上に、素敵な出会いと祝福が豊かにありますように。


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