ちゃぷれんの広場

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5がつのこらむ (2015年05月01日)

こどもを抱き上げ、祝福されるイエスさま

イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスはこれを見て憤り、弟子たちに言われた。「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。

(聖書:マルコによる福音書10:13-16)

先日、イエス様の十字架の死とよみがえりの紙芝居を、こどもたちにしたところ、死んでしまったイエスさまがお墓におられないという所では不思議がっていたのですが、その後、見知らぬ人が、イエス様のお弟子さんたちがとぼとぼと歩いている後ろから近づいてくる場面の所になると、「あ、イエスさまだ」という声があがりました。

イエスさまのお弟子さんにも、それから大人にも見えないよみがえりのイエスさまの姿が、子どもたちにははっきりと見えているということを思わされた出来事でした。

こどもたちには見えていること、聴こえていること、気付いていることがある、ということは、大人にとって驚きと同時に、こどもたちへの尊敬の念を感じさせてくれることではないでしょうか。

上記の聖書の箇所は、当時の子供たちへの接し方がよくあらわれている場面です。先生と呼ばれる人に子供たちが近づくことはありませんでした。弟子たちが子供を近づけようとした人々を叱ったことも常識的な判断だったことでしょう。子供たちは一人前とは見られず、人間としての尊厳も与えられていないのが通常の状態でした。しかし、子どもたちが、大好きなイエス様に触れて、イエス様から祝福して頂くことがどんなにか子供たちにも、そして育てておられる方々にとっても大切なことであり、励みとなり、祝福を受けることであったかを思うと、イエスさまの憤りや、イエスさまの行為は、如何に子供たちを大切に思い、育てておられる方々を深く思っておられたかが伺えます。この場面が、子育ての中で、ふと思い出され、ああ、、いつもイエス様は子供たちを、そして保護者の皆さんを祝福しておられるんだということを心に留められたらと思います。


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