ちゃぷれんの広場

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9がつのコラム (2015年09月01日)

平和のイメージ ~武器ではなくパンを~

「イエスは彼らに言われた、『わたしが命のパンである。』」ヨハネ6:35

「キリストこそ私たちの平和」エペソ2:14

私たちキリスト教幼稚園では、子どもたちが平和を生き、そして未来においても平和を生きることを願い、そのための働きをしたいと願ってきました。

その中心はイエス・キリストで、この方の生き様の中に平和を見出したいと思っています。

イエスさまは、ローマ帝国やイスラエル、あるいはゲリラとの武力闘争が起こっていたガリラヤ湖周辺地域で活動され、武力による平和の欺瞞性を見抜き、自ら命のパンとしてご自身を示されることを通して、平和を創り出そうとされました。パンを取り、割き、分ける。これがキリストの平和であり、教会は2000年間この出来事を聖餐式(ミサ)という形で祈り行い続けてきました。

武器を取ることは単純な構造ではなく、それを可能とする体制作り、維持し、支えるシステムが作られ、あるところには利益が生まれ、人の血が流されます。パンを作り、みんなが生きていける社会を作ることも大変な努力が必要になります。キリストはパンを選ばれました。

争いや紛争の火種を見極め、それを解決していくには相当な努力が必要でしょう。私たちは、しかし武器を取ることよりもパンを取ることを目指したいと思います。子どもたちは幼稚園の中で、共感や共に歩み、生きるすべを学んでいます。わたしは、子どもたちの将来にも武器ではなくパンを取る道を模索して欲しいと思っています。

今年、教会は韓国と日本のキリスト者青年が中国東北部を旅するセミナーを企画しました。戦時中日本に留学し、福岡拘置所で獄中死した詩人尹 東柱(ユン・ドンジュ)の生家を訪ね、歴史を振り返ったり、北朝鮮の病院に医療機器を届けたりと、地道で長い道のりですが、このような垣根を越えて共に歩む試みを長年続けています。人の根のネットワーク、これが平和には不可欠だと思います。世界ネットワークを持っている教会は、負の歴史も沢山ありますが、それらを真摯に見つめ、食卓を分かち合えるキリストの平和を模索しています。

キリスト教幼稚園の教育・保育が武器ではなくパンを分かち合う平和を大切にしていけますように、と願っています。そして、色々な選択の時、平和の源であるキリストが、子どもたちを導いて、共に生きる世界を創造してくださいますように。


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