ちゃぷれんの広場

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11月のこらむ (2015年11月06日)

~ある卒園生が受け取った絵ハガキに導かれて~

先日、アジアの教会の会議がフィリピンであり、それに参加させて頂きました。フィリピン、ミャンマー、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、台湾、香港、韓国、日本からの参加者と祈りを共にし、「貧困」「紛争」「人身売買」などのテーマで学び、分かち合いました。私はこの会議に参加するにあたり、福井聖三一教会のメンバーで本園の卒園生でもある方から、あることを頼まれました。その方のお父様が72年前、日本兵としてフィリピンに渡られた折り、マニラのある教会から聞こえる鐘の音や、女学生が歌う聖歌を耳にし、その情景をハガキに描き、詩的な文章をしたためたその絵葉書を家族に送られたのでした。そのハガキに描かれている教会に行って来て欲しいというのが託された願いでした。

そこには父の顔さえ覚えていないその方の父への思いと、戦争への悲しみや、フィリピンの方々への思い、また平和を願う心が込められていました。フィリピンの主教さん(教会のリーダー)にその事情を話すと、その絵葉書に描かれた教会を色々と探してくださり、その主教さん自らが運転してくださった車に乗せて頂いて、その教会に行くことが出来ました。サン・セバスチャン教会というその教会の礼拝堂は荘厳で、ステンドグラスが美しく、又歴史を通して多くの悲しみや痛みを包み込んできた、そんな印象のある教会でした。

主教さんや、一緒に行った方々と、礼拝堂の椅子に座り、各々祈りました。私は不思議な思いに駆られていました。嘗て敵同士だった者たちが、一つの場所で祈っている。心の思いは複雑に絡み合い、一言では言えないような感情をそれぞれが持ちつつも、何故共に佇み、祈ることが出来るのだろうか、と。

そして思ったのです。今回の教会訪問は、破れた関係を回復しようとする、神さまが導いておられるのかもしれないと。幼き手に握られた一枚の父の絵葉書は、それから72年の時の流れの中で、この卒園生の方の人生を、時に励まし、時に揺さぶり、父が出会ってきた人々の物語にも耳を傾けるようにと誘ってきたのかもしれません。今回はある卒園生の方の一枚の絵ハガキに導かれてきたエピソードをご紹介させて頂きました。


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