ちゃぷれんの広場

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2がつのコラム (2016年02月01日)

ともだちの存在

「保育園、幼稚園を卒園するまでに、やっておかなければならないことというか、卒園の資格というものがあるとすれば、それは仲間といっしょに楽しく遊べること、ひとりで遊ぶよりは仲間と遊んだほうが何倍も楽しいという習慣、いわば、そういう能力を子どもが身につけることだと思います。」”子どもへのまなざし”佐々木正美より

ともだちと楽しく遊べること、それは楽しいだけではなく、悩んだり葛藤したり、ふざけたり、泣いたり、笑ったりも含めた、いっしょに過ごすことすべてを言うのだと思います。やがてそれぞれの道を歩む子どもたちにとって、いっしょに過ごした経験は、自分は一人ではないという生きる力の感覚を養うことになるのだと思います。

困難にぶつかった時、越えられそうにないと思える壁が立ちふさがった時、自分以外の誰かの存在のことをふと思うことが出来たら、きっと越えていける何かを感じ取ることが出来ると思うのです。

そしてそれは保護者のみなさんも同じだと思います。私が時々思い出す聖書の言葉に、「なおも残りの1000人の者がいる」という箇所があります。ピンチの時、自分一人が孤立し、もだめだという時に、神様は、私以外になおも1000人の仲間がいるんだよと言われるのです。

正門で朝お迎えをしている時、あるお友だちは、「次誰来るかなあ」と、じっとお友だちを待っています。私もいっしょに待っています。なんて素敵なことだろうと思います。待つ気持ちもあったかいですし、待ってもらうお友だちもあったかい気持ちになるはずです。誰が来るか分かりません。でも実際に待って、お友だちが来た時、その待っていたお友だちは何か大事なことをつかんでいっているような気がするのです。

仲間を思う気持ちは、伝わっていきます。ある年長さんのお友だちは、とても親身に、すみれさんや、年少さんのお友だちを見守ってくれています。きっとそれは、いつも誰かの見守りを感じ取っているからだと思うのです。

イエス様はインマヌエルと呼ばれると、聖書に書いています。それは神様が共におられるという意味です。イエス様は言いました。「わたしはあなたの友だちになりたい」と。

子どもたちにとって、友だちの存在、そしてイエス様の存在が、ふと思い浮かんでくれたら、安心して次の一歩を踏み出していけると信じます。


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