ちゃぷれんの広場

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3がつのコラム (2016年03月01日)

~旅立ちによせて~

恐れることはありません、神さまがいつも共におられます

不安や恐れは、新しい旅立ちの時には必ず起こる心の動きです。それは、様々なものに起因するでしょう。環境の変化、人との関係、知らない場所や事柄との遭遇。あるいは、自分の存在の意味を問うことから来る不安、道を踏み外してしまった恐れもあるかもしれません。恐れには様々なものがあるでしょう。旅立ちの時には、普段小さかった恐れや不安が大きくなる場合もあるでしょう。

私たちは毎日、子どもたちと、朝目を閉じてお祈りいたしますが、それは目を閉じた時に起こる不安や恐れに向き合い、しかし、この私という存在を今ここで守り愛してくださる方に包まれ、その方がそばにおられるという感覚を養うためなのです。

夜眠る時に、神さまに守られて安心して休むことが出来れば、心身ともに休息を得、疲れが回復するものです。

お祈りは、特に何も決まりはありません。ただ佇むだけでいいのです。ただ、この私のために祈っておられる方がいる。そのことを心に留めるだけでいいのです。

キリスト教幼稚園は、保育の中でイエス様の十字架と復活のお話を致します。普通ならこんな怖い十字架の話なんかしてほしくないと言われるかもしれませんが、その意味は、イエス様が十字架という人間がもたらす暴力や恐れにさらされながらも、その恐れを超えていかれたことを知ってほしいと思うからです。恐れや不安に向き合われたイエス様は、そのご生涯において、神さまの救いの物語の主人公として、人を大切にする生き様を示されました。そして恐れを超えていける生き方を模範として示してくださったのでした。神様の愛は恐れを超えていける。そのことをイエス様は示されたのです。そのイエス様がいつも私たちのことを覚えて祈っておられる。私たちも又誰かのことを覚えて日々を過ごしています。

毎週日曜日、福井聖三一教会の礼拝で、幼稚園のためにお祈りしています。長く幼稚園で主任をされていた松濱貞子先生も、毎週礼拝で幼稚園のためにお祈りされています。一人ひとりへの神さまの思い、誰かを思う私たちの祈りは、時を超え、場所を超えて、誰かを励まし支えると信じます。いつか、子どもたちが越えられないような壁にぶつかった時、誰かが自分のことを思って祈っていることを思い出してもらえたらと思います。その時、恐れや不安を一緒に抱えてくれる誰かを感じるかもしれません。主イエス様がいつも共に歩んでくださいますように。


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