ちゃぷれんの広場

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教会でのクリスマスのご案内 (2016年12月11日)

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福井聖三一教会のクリスマスのご案内

どうぞ、お気軽にご参加ください

2016年12月24日(土)午後7時 キャンドル・ライト・サービス & ティー

12月24日(土)午後11時半 深夜クリスマス礼拝

12月25日(日)午前10時半 クリスマス礼拝 & 祝会


クリスマス会 ~いと高きところには神に栄光~ (2016年12月10日)

advent_coverクリスマス会が行われました。すべての子どもたち、ご家族のみなさん、そして先生方が、このクリスマス会、そして幼子イエス様のお誕生を通して、豊かに祝福されますように。

赤ちゃんイエス様の誕生を覚え、お祝いすることが、命、平和、共生の源であることを、みんなで心に留めたいと思います。


12月のこらむ (2016年12月01日)

クリスマス

暴力吹き荒れる中での、静かな平和への一歩

ロバの背に乗る身重のマリアとヨセフ。体内のイエスを含めた3人の静かなベツレヘムへの旅の歩みは、不安と恐れの中にあったのかもしれません。時の植民地支配者ローマ帝国の命令で、否応なしに住民登録をさせられるために、ベツレヘムまでの長い道のりを旅しなければならなくなりました。この住民登録は民を支配する目的があり、軍事目的と、税金を多く徴収する為でした。支配者によって翻弄される貧しい民の姿が、クリスマスの場面にはありました。

また、身重のマリアとヨセフにとって、イエスの身ごもりと誕生は、決して穏やかに受け入れられる出来事ではありませんでした。身に覚えのない懐妊、世間の目、家族親戚の関係、それらはローマの植民地支配という外圧と同時に、内的な不安や葛藤を引き起こすものでもありました。

外圧や不安は、この3人にとって暴力のように襲いかかり、ベツレヘムへの旅の一歩一歩は決してうきうきしたものではなかったのかも知れません。ようやく着いたベツレヘムでも、泊まる宿、出産にふさわしい安全な場所は確保することが出来ませんでした。

キリスト教で救い主を意味するキリスト。このキリスト・イエスの誕生は、このように暴力と非難、拒否のただ中で起こった出来事だったのです。

クリスマス・ページェント(降誕劇)を毎年いたします。子どもたちはこの降誕劇(聖劇)を通して、それに参加するお友だちも、そうではないお友だちも共にこの物語に触れ、味わうこととなります。配役を巡っての思いや、セリフ、歌、様々な要因が子どもたちの心に色々な感情を呼び起こすかもしれません。

この聖劇はキリスト教主義の幼稚園、保育園、子ども園、学校、施設等で必ず行われている行事です。それは、この幼子イエスの誕生の出来事に込められた神さまの思いに導かれたいという願いから行っています。暴力吹き荒れるただ中で傷つき、戸惑い、自分を失うような経験をしているマリア、ヨセフ、イエスは、なおも自分たちに注がれている神様の眼差しを見失うことはなかったのかもしれません。この三人が歩む一歩一歩は、そこに神様が共におられ、神さまの思いが注がれている、ただそのことのために、一歩一歩を歩むこととなったのでした。私は、子どもたち、そしてご家庭のみなさん、先生方と何を唯一共有したいのかと問われれば、この3人の歩みをと答えたいと思っています。

理不尽な出来事があふれています。しかしなお、痛む者に注がれている眼差しがあることを、私たちは心に留めたいと思います。子どもたちが今とこれからを生きる時、神さまの眼差しが注がれ、神さまが共に歩んでくださっていることを、心の深いところで味わってほしいと思います。平和の君と呼ばれたイエス、マリア、ヨセフの歩みに私たちも連なり、神さまが祝福を降り注いでくださいますように。


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