園の紹介

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園長のご挨拶

聖三一幼稚園 園長

幼児期は人間として生きるうえで基本的なことを学ぶ大切なときです。
大きな声であいさつができるように、
「ありがとう」と感謝の心が持てるように、
「ごめんなさい」と悪いことをしたら素直にあやまれる子になるように、
神さまの愛に生かされる中で育まれたいと思います。
本園は木々も多く、野鳥が時々訪れ柿の実やピラカンサスなどをついばむ様子がみられるなど自然に恵まれた環境です。
子どもたちは、広い園庭で思いっきりかけっこをしたり遊具であそんだり、
砂場でどろんこあそびを楽しんでいます。
保護者の方との信頼関係を大切にし、子どもたちが神さまの祝福のうちにのびのびと大きく成長していくことを願って保育を進めています。

聖三一幼稚園 園長 髙橋初美

福井聖三一教会と聖三一幼稚園

パウエル女史の帰米

パウエル女史の帰米

1896(明治29)年9月、日本聖公会のウイリアムズ主教によって派遣された新井和臣伝道師によって日本聖公会における福井での伝道が開始されます。これが現在の福井聖三一教会の始まりです。その後、1902年ライフスナイダー司祭と若月麻須美伝道師が派遣されることになります。ライフスナイダー司祭はこの地に働く神さまの恵の業を証しするため、教会設立準備と共に英語学校を開きました。そして青年の教育にあたるかたわら、高等教育機関の設立をも模索していたようです。ライフスナイダー司祭は1912年立教大学総長として東京に転任します。このライフスナイダー司祭が使っていた春山の宣教師館一階を改造して1929年幼稚園は創設されたのでした。当時の福井聖三一教会の牧師岡嶋松太郎司祭(後に京都の平安女学院院長となる)は、子どもたちへの関わりこそ、神さまの福音を生きることだと感じ、幼稚園設立準備に奔走しました。そしてアメリカ聖公会からパウエル女史を園長に迎え、教会の伝道の働きとして聖三一幼稚園はあゆみを始めたのでした。

福井聖三一教会と聖三一幼稚園

日本聖公会は英国教会(16世紀の宗教改革の時に出来ました)の流れを汲むプロテスタント教会であり、カトリック教会の伝統と、聖書、そして人間の理性を大切にしながらそれぞれの地域で生き働いておられる神さまの恵と祝福の業(わざ)に仕えようとする教会です。福井聖三一教会はこの日本聖公会に属する教会です。聖三一とは英語でトリニティー(Trinity)のことを言い、神さまが父、子、聖霊の3つの関係から成るという三位(さんい)一体(いったい)という言葉から来ています。これは神さまの働きが様々な関係の中にあるということを表しています。その意味で三一は神さまが教会と幼稚園の関係の中に働かれていることをも表しているのです。教会はいつも幼稚園の働きを支え、祈り、刻々と変化する社会の動きの中で、何が神さまのみ心なのかをたえず問いながら神さまと人々に仕えようとしています。現在、教会の牧師である小林聡司祭は幼稚園のチャプレン(園の牧師)をしています。

聖三一幼稚園のあゆみ

最初の幼稚園

最初の幼稚園


戦災後の園舎

戦災後の園舎

1929(昭和4)年4月1日、アメリカ聖公会の宣教師パウエル女史らによって福井市江戸町に創設されたのが本園の始まりです。設立当初から現在に至るまで、常に変わることのないキリスト教精神にのっとり保育が行なわれてきました。それは次の二つの聖書の言葉によって表されています。

「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」
「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」

幼稚園のあゆみを振り返る時、そこにはたえず大いなる恵がありました。戦争によってすべてが灰塵と帰した中から立ち上がり、地震によって倒壊した中から再び立ち上がり、種々の困難と闘いながら、その都度立ち上がらされるという恵に生かされ今日に至っています。

「光は暗闇の中で輝いている」との聖書の言葉はたとえ困難な中にあっても、その只中に光があることを伝えています。
神さまが招かれている子どもたちと共に、光の中を歩む保育をこれからも続けます。

  • 園舎
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  • 震災後の園舎、保育室

    震災後の園舎、保育室