園長先生のコラム

1月のこらむ (2019年01月03日)

~故ルツ松濱貞子先生を偲ぶ~

「試練の中にあってこそ、謙虚な祈りによって主に守られ、導かれ、そのよろこびと感謝が幼子たちへの愛を更に深めて行った。」松濱先生「創立50年の歩み」より

私たちの敬愛するルツ松濱貞子先生が12月6日(木)早朝、地上での歩みを終え、天国に召されました。101歳と2ヵ月でした。園の主任をしてくださり、40年以上にわたり、子どもたちと共に過ごされ、また教会でいつも子どもたちや子どもたちのご家族のために祈って来られました。

松濱貞子先生は1917(大正6)年10月6日のお生まれで、娘時代の一時期を、幼稚園に隣接していた坂本宅に滞在しておられ、そのころから幼稚園の先生と親しい交わりをされました。その後、郷里で小学校の先生をしておられましたが、太平洋戦争、また敗戦後、ご主人翠さんの故郷福井で、ご家族と共に過ごされることとなりました。しかし、その一年後福井地震に遭遇。全ての物が焼失してしまいました。貞子先生は「一方、内外の方々の支援のもと急ピッチで復興した聖三一幼稚園に迎えられたことは大きな幸いでした。免許状も何もかもなくなった私を、それよりも何よりもノンクリスチャンの私を神様は“来よ!とお招き下さったのでした。神さまは迷える羊を幼な子と共に養って下さいました。」と教会の記念誌に綴っておられます。1949(昭和24)年4月のことでした。

あなたを必要としていますよ、という神様からの招きの声を聞かれ、それに応える決断をされ子どもたちのためのお働きを始められたのでした。

「聖三一幼稚園創立50年の歩み」に貞子先生が大切にしてこられたことが載っています。「神さまによって創られた成長の段階をじっくりと歩もうとしている子どもたちに、私たちが出来ることは、それを助けるための物的・人的の環境をととのえること、そして、真の理解と愛の中で幼子たちの自由のあそびをじっくりと見守る『ゆとり』だと思います。」

今日、私たちの園は、この自由な遊びを通しての保育がますます大切であり、保育者自身が愛と心のゆとりを通して、子どもたちと日々過ごせているのかを自問しつつ、松濱貞子先生が教えてくださった保育の大切さをひしひしと感じています。

私は8年間幼稚園で共に過ごさせて頂く中で、松濱先生が大切にしてこられた保育が、園のあちこちで生きていることを感じてきました。ある先生は、あったかい交わりを大切にされ、子どもたちの前に立つ時は健やかな心と身体で立つことを大切にされ、ある先生は子どもたちとの関係において、手間を惜しまず、本物に触れることを大切にされ、ある先生は季節の草花を通して神様を感じることが出来るように環境を整えられ、ある先生は何事にも丁寧さを大切にすることを、松濱先生から受け継いでこられました。自然を愛する姿にも、松濱先生の影響を感じます。

こどもたちのお庭である幼稚園、そこは神さまが松濱貞子先生を用いられた、天国の花園でした。そのお花畑は、神さまの恵みと言葉にあふれていました。

松濱貞子先生は、「幼稚園の歩みが平坦な道ばかりではなかったようでしたが、しかし神さまの試練の中にあってこそ、謙虚な祈りによって主に守られ、導かれ、そのよろこびと感謝が幼子たちへの愛を更に深めて行ったと思います」、と50年史に綴っておられます。

「試練の中にあってこそ、謙虚な祈りによって主に守られ、導かれ、そのよろこびと感謝が幼子たちへの愛を更に深めて行った。」わたしはここに今園で生活する私たちへのメッセージを感じたいと思います。試練の中にあってこそ、愛を深める祈りがあることを私もこの8年間の間に体験してまいりました。子どもたちやご家族、また幼稚園は試練の中にあった時に、よろこびと感謝の祈りを祈り続けてきました。そこにはいつも松濱貞子先生の祈りがありました。私たちは神さまが松濱貞子先生をお用いになられたのだと思います。心より感謝し、皆様と松濱先生のことをご一緒に偲んで頂ければと思います。


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