9月のコラム (2010年09月01日)
子どもたちが夏休みの思い出をいっぱい作って元気に幼稚園に帰ってきました。
「園長先生おはようございます」としっかりとご挨拶してくれた子どもにあうと「休みの間にこんなに成長したんだ」と驚かされます。
先日福井県の国公立幼稚園と私立幼稚園合同の教育研究会主催の幼児教育教員研修会があり岐阜大学教育学部准教授 今村 光章 博士の講演会に出席しました。
教師としての力量を益々向上させていくにはどのようなことが大切かと言う幼稚園にとってまさに最大ともいえる課題を正面から提示してくださったすばらしい研修会でした。
そして講演後先生とお食事をとりながら幼児教育の色々な諸問題を今度は家庭の父としての立場も織り交ぜて懇談するという貴重なひと時を持つことができました。
牧師という仕事に就いて今年で30年になります。この間に私立幼稚園に25年間かかわってきました。
何ゆえ神さまがそのような長い期間幼児教育に僕をお使いになり、また浅学非才な僕自身が積極的に幼児教育界に身を投じて来たのか近頃気づき始めました。
人生でなすことすべて無意味であることは何もない」と思い始めています。
つまり、「無意味と思われることは将来意味あることになるのを知らないだけ」と考えるようになってきました。
子どもを育てることは実は自分が本当の良き大人になっていく一つの方法手段であり神さまからの大きなお恵みかも知れないと思うのです。
子どもを育て教育することは、考えることであり、迷うことであり、祈ることであり、決断することであり、協力することであり、反省することです。
何より子どもたちは真似をすることをもって学ぶのですから、良い教育は良い教育環境つまり良き教師の存在のもとでこそ達成されると思います。
そして、それは家庭教育についても言えると思います。子どもにとって良き家庭環境、良き保護者の存在こそ大切と思います。
幼稚園の保護者で大きな試練に耐えたご夫妻がお話しくださいました。
「子どもの大病で他の些細な問題は気にしなくなりました。家族の絆や愛情が一番大切なものであることを再度確認しました。ある意味で価値観が変わったといえます。私たちは本当に大切なものを得たような気がします」
文豪トルストイの「人は何で生きるか」という作品をご存知でしょうか。
来年度園児募集が始まるこの季節にもう一度、読みたくなりました。
8月のコラム (2010年08月01日)
近年の科学技術の進歩には目を見張るものが数多くあります。
ことに今秋にも出回るであろうといわれる3Dテレビには本当に驚かされます。
昨年頃から映画の世界ではすでにかなり普及されている、3D(3次元立体映像)の技術がついに家庭用テレビに応用されるようです。
私のようなアナログ人間にはますますついていくのが難しい時代になってきました。
家庭用に3D映像技術を取り入れることが出来るということはいいかえれば、医学をはじめ科学技術の実技教育に応用できる可能性が考えられます。
つまり、バーチャル・リアリティ(仮想現実)の中で失敗を恐れず手術や検査の訓練を行ったり、
ものづくりの設計や完成予想図を立体的に体感できる時代がもうそこまで来ているのではないでしょうか。
科学技術や医学の進歩によって人類が平和に安心して幸せに生きるという生活そのものが向上してゆくことについては、何ら異議をもちません。
しかしながら、そのような仮想現実の世界には人間関係のぬくもりや失敗の痛みはなくスイッチをリセットするという行為でことは済みます。
機械化されてゆく世界の中でどこまでが、人と人の教育的関わりとして残っていくのでしょう。
聖三一幼稚園の教育は、単に小学校就学前教育のみならず幼児期の教育を通しての全人的関わりを目指しています。
そこには汗や涙、喜びや希望という仮想現実にはない昔ながらの人間教育が生きています。
美しい花や香りに感動することや、どろんこ遊びや砂場遊びを通して友と達成感を共有したり
挫折に負けない強さを覚えることを大切にしたいと思います。
驚くことに海の水がしょっぱいと言うことを知らない小学生がいます。
このことは子どもに問題があるのでなく、ちゃんと教えない大人に問題があると思うのです。
長い夏休みが始まります。
聖三一幼稚園では今年も楽しい「サマースクール」を企画しました。
どうぞご家庭のご計画とあわせてご利用くださり、まさに私立幼稚園の園児らしいすばらしい夏休みを経験してくださればと祈念しています。
7月のコラム (2010年07月01日)
サッカーのワールドカップ南アフリカ大会の観戦のために日本中寝不足の毎日が続いているようです。
何回か前の大会のときは、自分もそうだったのが近頃では体力的についていけなくなったのか、
もうそういう年齢ではないのか夜中まで起きていたり、朝早く起きてテンション高く応援できなくなってきました。
少し寂しさも感じながらニュースで結果をみたりしています。
もちろん、岡田ジャパンの決勝トーナメント出場決定のときにはその日一日気分が良かったのを思い出しています。
北朝鮮のチームの中に試合前の国歌斉唱のとき人目をはばからずおお泣きしている選手に感動しました。
なんでも彼は、このワールドカップという最高の舞台に立てることそして対戦相手がいつも目標としてきたサッカーの国ブラジルということに感謝の涙を流したらしいのです。
自分の努力してきたことの報いられたときの涙やゆるされたときの感謝の涙を私は近頃流したことがあっただろうかと考えさせられました。
うれし涙や達成感の涙は美しいものだし、多く流したいものです。
イエスさまは聖書の中で2箇所泣いているところがあります。
1回はエルサレムが滅んでいく姿を嘆いて泣かれます。
もう一つは友人ラザロが死んだとき訪問が遅いとその妹に責められたとき、
感動して「イエスは涙を流された」 ヨハネ11:35と記述があります。
新約聖書中一番短い節として有名な箇所です。
聖書には多くの涙を流したお話しがありますが「罪深い女」の話、自分はこのように涙を流し回心し続ける生活をしてきただろうかと思います。
「この町に一人の罪深い女がいた。
イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。」 ルカによる福音書 7章37~38節
6月のコラム (2010年06月01日)
日本では5月の第2日曜日は母の日、そして6月の第3日曜日は父の日となっています。
世界中で母の日の起源があり日にちもそれぞれですが日頃の母の苦労を労り、
母への感謝を表す日であることは共通でとてもすてきな慣習だと思います。
父の日についても同じように父に感謝を表す日とされて久しいのですが、
やはり日はお国よってまちまちです。
日本の場合、アメリカ合衆国からの輸入なのでしょう。
6月の第3日曜日になっています。
1909年J.B.ドット夫人の父がアメリカの南北戦争に出征している間の過労がもとで
父が戦争から帰った直後母は亡くなってしまい、以後父親一人で子育てをしてくれたことを
感謝の礼拝を牧師にお願いしたのが起源と言われています。
その後1916年アメリカ合衆国第28代大統領ウッドロー・ウィルソンの時に父の日が認知されるようになりました。
そして1972年(昭和47年)になり、アメリカでは国民の祝日に制定されました。
母の日の花がカーネーションなのに対し、父の日の花はバラが贈られる慣習になっています。
それはドット夫人が、父の日に父親の墓前に白いバラを供えたからとされています。
「おかあさん」「おとうさん」「ママ」「パパ」「おかあちゃん」「おとうちゃん」呼び名はいろいろありますが、
なんていい響きでしょう。
子どものときから一番呼んできた名です。
その名さえ呼べば問題をすぐ解決してくれました。
久しぶりに3日ほど帰省していた娘たちが朝、発ってゆきました。
二人きりになった家でまたしばらく妻から「おとうさん」と呼ばれる生活が始まりました。
5月のコラム (2010年05月06日)
「ふるさと」という歌があります。ウサギ追いしかの山♪という歌です。
近頃この歌を聞いたり口ずさむと胸に篤い思いが込み上げて時には涙すらするときがあります。
転勤族の家族ですのでそれぞれ「ふるさとはどこか」本人に聞いてみました。
家内は京都生まれ京都育ちですので、迷うことなく京都と答えました。
子どもたちのふるさとはそれぞれ違いました。
長男は和歌山の橋本市と京都市と答え、長女と二女は京都と答えました。
僕はウサギは追わなかったにせよ、小鮒を釣りに行った思い出があります。
やっぱり私のふるさとはその小鮒を釣った紀州和歌山といえます。
どうも、年齢的に少年少女を送ったところがふるさとなのでしょうね。
兎追いし かの山 こぶな釣りし かの川
夢は今も めぐりて 忘れがたき 故郷
如何にいます 父母 つつがなしや 友がき
雨に風に つけても 思い出ずる 故郷
志を はたして いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷 水は清き 故郷
小鮒を釣ったかの川(紀ノ川の支流)も随分変わってしまいました。
父母も天に召されました。多くの友人も世界散って活躍しています。
ただ、気候の違う地にいると思い出す故郷は確かです。
志をもっていつか帰ろうと故郷を出たわけではありませんが、ときどき父や母の愛に満たされ幸せだった日々を思い涙することはあります。
4月のコラム (2010年04月08日)
主のご復活をお祝いする教会最大の祝日「イースター」を満開の桜の中で迎えました。
イースターの日は毎年日が違う(春分の日を過ぎた満月の次の日曜日とさだめられている。)移動祝日ですので、
ときにはまだ雪が残っているような3月下旬の年もあれば、ツツジが咲き始める4月下旬の頃もあります。
今年は4月4日で福井ではちょうど桜の美しい日となりました。
園庭の桜の花が新しく入園してくる園児とひとつ大きくなった進級園児を迎えています。
桜の木の下にたつと優しいお母さんの愛に包まれたようなすてきな香りがします。
桜はイースターにとっても似合うまた復活のイエスさまと共に歩もうとする門出にふさわしい花そして香りのような気がします。
大学進学のため郷里を離れる日の早朝、和歌山城まで父母と散歩しました。
咲き誇る大きな桜の木の下で父母に別れを告げました。
神学校に入学する最後の礼拝がイースターの日でした。その日も教会の桜は満開でした。
初めての赴任地小浜聖ルカ教会:聖ルカ幼稚園の桜は桜吹雪で大歓迎してくれました。
ガンと闘い奇跡の回復をとげ受洗した父。
教会の庭で、車椅子に乗った父に花びらが洗礼を授けているようでした。
父は手をかざして笑っていました。
2年後、父の遺影をもって母と家族で春に鹿児島の知覧の特攻平和館にいきました。
旧帝国陸軍航空隊だった父は多くの戦友を無くしていました。
知覧特攻平和館の桜は美しくも悲しく咲いていました。
福井に赴任して6回目の桜の季節を迎えました。
イースターに似合う命の花のように感じられます。
いつまでも美しい桜であって欲しいものです。
3月のコラム (2010年03月01日)
今年も3月、別れの季節がやってきました。
毎年卒園する子どもたちに送る新約聖書に慣れない筆で聖句を書いています。
一人一人名前を書き、子どもたちの姿を思い浮かべながら聖句を書いています。
「光の子として 歩みなさい」 エフェソの信徒への手紙 5章8節
病気やけがをして心配したことを思い出したり、「どう?園長先生がんばったでしょう?」と満面の笑みを浮かべ話しかけてきたことなど過ぎ去れば3年間ほんの一時のように感じられます。
そしてまた今年も反省しています。
十分に子どもたちに神さまの愛を伝えることができただろうか。
人格形成の上で最も大切な時期に本当に大切なことを伝えることが出来ただろうか。
すべてのことに感謝すること、謝罪し、人を赦す勇気をもつこと。
そして協力しながら目的を達成する喜びを得ることを学んだだろうか。
挫折にあっても絶望せず新たな希望を持って再起する精神を養っただろうか。
そして何より、自分が愛されている存在であること。
決して孤独な存在でないことを知ってくれただろうか。
2歳、3歳で入園した当時は自意識もなくお母さんとの一体感しかわからなかった子どもたちが今では多くの友人たちと協力して製作したり活動したり出来るようになりました。ときには自己主張の衝突もあり、またそれを機に成長してきたのでしょう。本当に成長しました。
先日の製作展の作品の数々を各クラスのその成長ぶりに感動を覚えながら鑑賞させていただきました。
ご卒園、進級おめでとうございます。
これからもみんないっしょに光の子として歩みましょう。
2月のコラム (2010年02月01日)
心と体というのはすごく関係が深いなあとつくづく思う此の頃です。
つらいことが多いと胸が痛むし、やりたくないこと無理やりさせられたら片腹痛くなりますね。難しい問題に直面すると頭が痛いこともありますね。
「幼稚園に行くのいやいやっ子」や「登校拒否」するとき「お腹いた~い」という子は本当に痛いことが多いのです。問題はなぜ行きたくないのか原因を見つけないと解決しないものです。
ところで先日久しぶりに雪の白さに感動しました。
年に一回降るか降らないかの南国和歌山育ちの僕は雪にはいろんな思い出があります。
親元はなれて北海道で暮らし初めて北海道の雪に感動したのを思い出したのです。「雪ってこんなに白いんだ、爽やかなんだ」って。
去年12月に降った雪は温度も高かったので重いだけで雪かきをすること自体、気持ちも重くのしかかっていました。
先日朝早く福井駅まで雪の中を歩いていきました。県庁前のお堀の水が凍っていてその上に雪が積もっていました。鳩がお堀の氷上を歩いていました。鴨が仲間同士凍っていないところに身を寄せ合っていました。
まぶしいばかりの雪の白さと、足に伝わってくる雪の感触が遠い昔北海道で感動した記憶がよみがえってきてなんだか嬉しくなってきました。
ひとつひとつの自然が神さまからのプレゼントのように思えて福井のすばらしさをまた感じました。
この厳しい冬でさえ美しさを見せてくださる神さまにとても感謝です。
1月のコラム (2010年01月01日)
2009年が暮れようとしています。今年も社会は明るいニュースが目立つより、暗く悲しい出来事や事件が多かったように感じます。
私たち私立幼稚園の世界も今年の4月に福井県私立幼稚園協会の研究部長であり仁愛短大付属幼稚園長の森瀬清治先生が病に倒れられ、5月には敬愛する県私幼協会の前会長杉山法継(前藤島幼稚園長)先生が逝去されました。そして7月にはその悲しみを乗り越えての東海北陸地区私立幼稚園教育研究福井大会:PTA大会の開催でした。その節には皆さま方に多大なご協力ご支援を賜りました。盛会のうちに終えることできましたこと再度感謝申し上げます。
さて、去る11月23日に私たち聖三一幼稚園が福井新聞社主催第39回県幼児画コンクールで団体の部優秀賞の栄誉を受けました。
ご一緒に団体優秀賞を受けたあわら市立金津東幼稚園の先生からこの団体賞をとることを目標に何年もがんばってきたとのお話を伺いました。
私は幼児教育の世界で絵画や音楽などのコンクールはあまり参加には消極的でした。それは、競い合い賞をとることを目標にするあまりに教育の本質を忘れてしまうことの懸念からです。しかしながら子どもたち自身がのびのびと自由に描いた絵画がどのくらいの実力があるのかを知る意味においてはたまには出すのも良いだろうと軽い気持ちで今年参加したところ、その子どもたちのレベルは想像以上に高かったことに驚きとまた聖三一幼稚園の先生方に敬意を覚えました。
先日NHKの特集で「ほめて子どもを育てる」ことの良さを放送していました。昔から「1つ叱って3つ褒め」といわれています。子どもは褒められると嬉しくてまた、褒めてもらいたいからその努力をする。そして実力もついてくるという意味でしょう。
大人でも叱られたり貶されてばかりで存在価値を認めてくれなければやる気をなくしてしまうものです。この賞をいただいたとき素直に嬉しかったのを大切にしたいと思います。
もちろん、個人でたくさんの賞をいただいたことはいうまでもありません。
ただ、団体賞でいただいたことがとっても嬉しく褒められる子どものようにまた何かで褒められたいと思いました。
来る年が皆さま方にとってすばらしい年でありますよう、
そして神さまに祝福された恵み多き年でありますようお祈り申し上げます。
12月のコラム (2009年12月01日)
11月29日からキリスト教会の暦で降臨節(アドベント)が始まります。それはクリスマスを準備する大切な期間なのですが、街中は年末ということもあって何かと気ぜわしく、年末商戦の騒がしさも相まって本来的な主のご降誕の心備えが後回しなってしまいそう感がします。
いつからかイルミネーション(電飾)が個人的にも普及しているようですが、このアドベントの期間とクリスマスと新年を迎え神さまのこの世での顕現を表す期間に飾るものですから、せいぜい12月の初めから1月いっぱいクリスマスツリーと共に飾る慣わしとなっています。近頃は随分早くから飾りつけ始められクリスマスが終ると早々にかたずけられているようです。
今年は聖公会(聖三一のキリスト教の教派)が日本伝道を開始されてからちょうど150周年を迎えていました。
明治の初め聖公会の宣教師たちが英国、米国、カナダからぞくぞくやってきました。明治政府は文明開化をすすめ、列強諸国に生まれたばかりの日本を追いつかせようとオランダのみならず、アメリカ、ドイツ、フランス、英国の文化をそのまま取り入れます。ちょんまげを切り落とし、ザンギリ頭になった元武士や和服から洋装に変えた政府の役人、ドイツ軍人制服そのままの帝国陸軍制服、英国海軍そのままの帝国海軍制服等に対し、韓国や中国はそんな日本を「猿真似」と批判し、「自国の文化を捨て去ることの恥を知れ」と国交を断絶する始末でした。
さらに欧米諸国を歴訪していた岩倉具視使節団は、その欧米諸国から「キリスト教をいまだに迫害しながら、進んだ欧米文化のみを遅れている自国に取り入れたいというのは実に虫のいい話で自分勝手な言い分ではないか。即刻日本におけるキリスト教の迫害を停止し信仰の全面的解禁を要求する。日本国の近代化への協力はその条件を満たしてからにしてもらいたい」といわれたそうです。
はたしてキリスト教が解禁、キリスト教とともに他の文化、キリスト教的文化も日本に大いに入り込んできたのでした。クリスマス文化もその一つです。サンタクロースの話やクリスマスプレゼント、クリスマスパーティなどがそうでした。ちなみに日曜日がお休みになったのもキリスト教文化がそうさせたのです。
聖三一幼稚園のクリスマス会の準備が進んでいます。今年は全園児で「クリスマスページェント」(キリスト降誕劇)をすることとなりました。
クリスマスの原点に帰って「初めのクリスマス」を合言葉に練習に励んでいます。
クリスマスといえば「ローソクの灯」をイメージします。ローソクの灯は神さまの臨在を現します。聖劇のエンディング、子どもたちはそれぞれの手にペンライト(ローソク)を持って私たちの席の方に降りてきます。それは子どもたち一人ひとりの心の中にイエスさまが誕生したのでそれをお家に持って帰って分かち合おうとしているのです。
クリスマスの本当の意味を覚え、優しいお心を持つ事のできるすばらしいクリスマスをお迎えなりますようお祈り申し上げます。