ちゃぷれんのこらむ

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2月のコラム (2012年02月01日)

 「聖書の物語に触れる ~パンを裂かれるイエス様の姿~」
             
         ルカによる福音書 第24章13節から35節

「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかったイエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。」

 ご自分を裂き与えるという愛の道をイエスさまは私たちに先だって歩んで行かれました。わたしたちは、その方のことを知識では知っていますが、その方が側におられるのに気がつかなかったり、目の前におられるのに見えていなかったりすることがあります。そこで、今月は、上の聖書の箇所を一読して頂きたいと思い、聖書の物語を掲載しました。聖書の言葉には生きた力があり、聖書の物語に触れると、その物語が自分の心の中で動き出すということがおこります。イエス様に出会い、イエス様と食事の席を共にした時、弟子たちは救い主のお姿が見えるようになったのです。心の目が開かれた瞬間、目の前のイエスさまは消えていなくなりました。子どもたちの心にも神さまの愛を生きられたイエス様のお姿が浮かび上がってきますように心から願っています。


1月のコラム (2012年01月01日)

「絆~ 目には見えないつながりの中で~」

2011年3月11日、東日本大震災が起こり、さまざまな復興支援活動が行われています。
日本聖公会はそのネットワークから、東日本のさまざまな教会、幼稚園、保育園、施設等と連携を取りながら、垣根を越えて活動を行っています。
その活動については日本聖公会のホームページ上に「いっしよに歩こう!プロジェクト」として報告がアップされています。  http//www.nskk.org/walk/

さて、この9ヶ月間、自分の生活の中でどのように東日本大震災ののことを考え、向き合えばいいのかと自問してきました。特に、放射能汚染のことが大きな出来事として、日本だけではなく、世界的に影響を与えています。
わたしの知り合いの司祭が牧師をしている福島県郡山市にあるセントポール幼稚園(郡山聖ペテロ聖パウロ教会)では、毎日朝と夕方一日2回幼稚園と教会の除染が行われています。その司祭に直接会って話を聞いたり、いろいろな方々の活動報告を聞く機会を得ましたが、それは想像を超える状況の中で日々闘っている人々の声でした。

「いっしょに歩こう!プロジェクト」のニュースレターに掲載されている記事の抜粋を紹介したいと思います。

「私は郡山の司祭の元で、司祭館に下宿しながら、毎日朝と夕方一日2回幼稚園、教会の除染に汗を流しています。司祭ご夫妻の愛情に触れ、放射線の恐怖より今生かされている喜びで満ち溢れています。私にとって郡山での除染作業はお祈りそのものなのです。目に見えず、影も形もないものが全ての生あるものに対して痛めつけようとしています。『どうか子どもたちをお守りください』と勢いよく飛び出す水に祈りを込めて、力の限り除染しながら祈る日々です。」この方は東京から来られているヴォランティアの方ですが、幼稚園の教員も除染作業を行つています。被害があまりにも甚大で、それを理解する思考そのものも停止してしまうような状況が今起こっています。目に見えない恐怖が人々を襲つています。目に見えない不安を、子どもたちは感じています。それに対して私たちは、目をそむけることも、責任を転嫁することも、不安を先延ばしにすることも改めなければいけないでしょう。除染作業が祈りだと言われるこの方の祈りは、今何をどうすればいいのか途方に暮れる方々への祈りでもあると思います。私たちが福井の地で毎日祈る子どもたちへの祈りが、福島の地で祈る祈りとつながり、この見えない恐れを克服する目には見えないけれども、確かに希望を与えてくれる力となりますように。

 

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12月のコラム (2011年12月01日)

クリスマス・ストーリー

 むかしむかし、遠いユダヤの国、ベツレヘムで一人のみどり子がお生まれになりました。
その名はイエス。
しかし、この幼子の誕生に立ち会った人々は一握りの人びとでした。どんな人々がいたのでしょうか?

東方の三人の学者たち。わざわざ遠い遠い外国から出かけて来ました。
夜働く羊飼いたち。夜は危険がいっぱい、しかも寒くて寂しい。
誰もやりたがらない仕事の一つが夜働く羊飼いの仕事でした。寂いだけじゃなく、自分が生きている社会の中でも、尊敬されたり顧みられたりすることのない人びとでした。ろば?実は身重のマリアさんを乗せて旅を続けてきたろばも、おさな子の誕生に立ち会ったのではないかと思います。
そしてヨセフさんとマリアさん。お父さんとお母さんですね。
ここでマリアさんが身ごもったときのことを思い出したいと思います。
イエスさまは神さまの力である聖霊によってマリアさんの体内に宿ったのです。そのことでずいぶん二人は悩みますが、神さまの導きを信じて、二人はおなかの中にいるイエスさまとともに生きていく決心をします。

ヨセフさんとマリアさんは、長い旅の途中でイエスさまを出産します。しかしそれは緊急事態だったのです。ベツレヘムでは泊る宿がありませんでした。女性の方が出産する時に、泊る宿がなかったのです。

おさな子イエスさまが誕生する場面には、この世がもたらす幸福の価値観とは全く違う状況がありました。そこに立ち会った人々はそれぞれに困難を抱え、救いを必要としていました。
クリスマス、それは神さまの救いが、ひとりの幼子の姿を通してこの世に現れた出来事です。
その驚きと、救われた者たちの喜びがクリスマスです。

さあ、この救いの喜びの物語に、私たちも参加しましょう。
驚くべき仕方で私たちを喜びで満たしてくださる方の誕生物語に、私たちも心を込めて「待つ」季節を過ごしたいと思います。子どもたちは毎日クリスマス会の練習をしています。
幼子イエスさまをお迎えする喜びの備えをしています。
一人ひとりのやさしさを持ち寄ることが出来ますように。

 

 


11月のコラム (2011年11月01日)

「幼子と親の愛情 ~認められたところから始まる生き方へ~」

「あなたがたの間で、幼子のようになりました。ちょうど母親がその子供を大事に育てるように、」Ⅰテサロニケの信徒への手紙Ⅰ第2章7節

あふれるばかりの愛情を注がれた者は、その人の内に穏やかな平安が育まれ、やがて不安定なものを恐れなくなり、他の人に自分を献げることが出来るようになります。
キリスト教の初期の宣教者パウロという人は、そのことを幼子と親の愛情にたとえて語っています。パウロはイエスさまの直接の弟子ではありませんでしたが、イエスさまが天に昇られた後、弟子たちから伝えられたイエスさまを救い主と告白し、救いの福音を伝える使徒となりました。
パウロは、イエス・キリストに従うがゆえに苦しい思いをする中で、このわたしをありのまま認めてくださる方が、わたしを立ち上がらせてくださったという喜びを生きていきます。神さまに認められること、それをもう少し噛み砕いて言うと、ありのままの姿で神さまに愛されているということです。愛情をいっぱい注がれ、心の中に平安を得ているということです。パウロはイエス・キリストの自己奉献の生き方に触れる中で、神さまが自分を愛してくださっていることを知るのです。だからこそ、パウロは他者のために自分を献げることが出来る者となりました。
幼子は掛け値なしのあふれる愛情が注がれて成長します。そこには自分を献げる方の存在が不可欠です。それは保護者の方々、周りの人びと、関わりのある全ての人びとから子どもたちが敏感に感じとっていくものです。
パウロは、自分自身が愛され、変えられ、人のために自分を献げることが出来るようになったように、私たちも人を愛することが出来る者に変えられると言います。幼子と親の愛情は実は自明のことではなく、幼子も親も共に、神さまのあふれる愛情に触れることによって、養われ変えられていくのです。
愛情の尽きることのない源泉に私たちがいつも触れている時、私たちは幼子との関係の中で平安を得ることが出来るでしょう。神さまの愛情がいつも幼子の上に、そして保護者のみなさんの上に豊かに注がれますようにお祈りいたします。

 


10月のコラム (2011年10月01日)

 「イエス・キリストは人の痛みのわかる方」

「イエスがベタニアで重い皮膚病をわずらっている人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。」   聖書

 イエスというのは固有名詞で、キリストというのはその方につけられる称号です。キリストには救い主という意味がありますが、その本来の意味は「油を注がれた者」です。
 油は昔から薬として用いられ、傷を癒し、様々なものから体を守り保護する働きがありました。そこで昔は、政治的に救いをもたらす指導者や王に油を注ぎ、神さまのご加護を祈ったのです。
 イエスは、一人の女性から油を注がれました。この女性の名ははっきりしません。
重い皮膚病をわずらっている人の家で食事の席に着いているという状況からは、明らかに社会的に差別を受けている人々とイエスが深く交わっていたことが伺えます。
 この一人の女性がイエスに油を注いだことは、この女性がいかにイエスを大切に思い、イエスが担っている痛みや傷の深さを思い、イエスのために神さまの特別の見守りと導きを祈ったかということをあらわしています。イエスはこの一人の女性の油注ぎのゆえにキリスト、救い主と呼ばれるのです。油を注がれる者はその人自身痛みを抱え、癒される経験をいたします。それゆえに油を注がれる者はその人自身が、痛みを覚える他者のための油となるのです。救い主キリストという称号は、癒された者が、痛みを覚える他者のための癒し人となるというダイナミックな連鎖をあらわす言葉なのです。

キリスト教幼稚園は、イエス・キリストの名のもとに、この共感共苦の連鎖の中で癒し癒されたいと思っています。
園のお友だちは日々、様々な体験の中で痛みを覚えたり、それを克服したりして成長していきます。いわば周りのお友だちや先生方から油を塗ってもらい、今度は油を塗るお手伝いをして一緒に成長しています。そのことが、神さまご自身のお働きであることを覚えていたいと思うのです。

 

 


9月のコラム (2011年09月01日)

新しい学期が始まります。夏休みはみなさんどのように過ごされましたか。

私は、教会のお仕事で、香港に行ってきました。
聖三一幼稚園の母体である聖公会というキリスト教の教派は、世界中に8千万人のネットワークを持っています。学校や幼稚園を入れると恐らくその何百倍の数に上ると思います。そこには若者たちの働きがあり、喜びや悲しみを共有しています。
私が参加したのは、3年に一度世界の教会の青年担当者が集まる会議でした。
国によって青年が置かれている状況は様々で、中にはキリスト教が認められていない国もあります。その人々の状況の報告を聞きつつ、私は、日本の教会が過去30年間韓国の青年と交流してきたこと、また国連が提唱している女性や子供たちへの暴力を終わらせるための啓蒙活動、また東日本大震災の被災状況などについて報告しました。

私がこのコラムでお話ししたいことは、幼稚園のお友だちが将来大きくなった時に、どのような世界を引き継いでいけるのかということです。この世界には、他者のために悩み、活動し、神さまの喜ばれる世界にしたいと祈り続けている若者たちがいます。垣根を越えて共に祈り、共に活動するネットワークがあるということです。今回の会議で青年のネットワークは、日本の被災者のために祈り支援していくことを決めました。それは世界の若者たちが自分たちの住む地域で日本のことを覚えることで、共に生きている恵みを感じることが出来るのだと話し合われた結果でした。

幼稚園のお友だちがどんな風に羽ばたいていくのかとても楽しみですが、今回出会ってきた世界中の方々が、日本にいるお友だちのことを思い、共に生きたいと願っているということをお伝えしたいと思います。
 「あなたと一緒に歩きたい。」そんなメッセージが海を越えて届いています。 
一緒に歩く時、私たちはどんな荒波をも乗り越えて行けるのです。
二学期も一歩一歩一緒に歩いていきましょう。


8月のコラム (2011年08月01日)

「祈り ~神さまの前にたたずみ、ひとびとをつなげる~」

 幼稚園のお友だちや教職員は毎日お祈りしています。
教職員はイエスさまが教えてくださった主の祈りと、それぞれが心に思う祈りをしています。
わたしは、せんせい方が祈るお祈りが好きで、いつも感動しています。
お祈りにいいも悪いもないのですが、せんせいご自身の言葉でお祈りし、心がこもっているからでしょうか、祈りに始まり、祈りで終わる一日に感謝しています。

聖書には主の祈りが出てくる箇所が二箇所ありますが、マタイによる福音書の主の祈りの直前に次のような言葉があります。
「あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存知なのだ。だからこう祈りなさい。」
 あなたがたの父とは神さまのことです。
神さまは願う前から、わたしたちに必要なものをすべてご存知なのだ、という感覚でわたしたちが祈るならば、祈りの長さや内容よりも、神さまの前にたたずむということがとても大切なことのように思えてきます。神さまの前にたたずむ、この根本的な安心感があるからこそ、私たちは何でも願い祈ることが出来るのでしょう。

 この夏みんなの大好きなお友だちがお引越しします。
祈りは、そこに神さまがおられるということと、みんなをつなげるということを意識させてくれます。
お友だちの上に神さまの祝福が、行く先々で豊かにありますようにと祈ります。
そしてこの園で毎日お祈りしているお友だち、教職員のみんなを祈りでつなげてくださいと祈ります。


7月のコラム (2011年07月01日)

 「東日本大震災被災地ヴォランティアと教会・幼稚園のネットワーク」

  3月11日に起こりました東日本大震災の被災者の方々、関係者の方々の一日も早い復興と、傷ついた心の慰めをお祈りいたします。
多くの方々が復興支援、ヴォランティアに関わっておられると思います。
また当園の保護者のみなさまは物資送付支援に関わられ、本当に感謝です。

 わたしは、6月13日(月)から17日(金)まで茨城県日立市に設置された聖公会ヴォランティアセンター(日立聖アンデレ教会)を拠点に、併設している二葉幼稚園、また福島県いわき市のヴォランティアセンターのヴォランティアに参加する機会をいただきました。いわき市では地震と津波で被災した家屋の整理、二葉幼稚園では保護者の方へのカフェ(カプチーノの提供)の開設をさせていただきました。
 そこに住んでおられる方々の大変さは想像を超えていますが、是非伝えて欲しいと言われたことがあります。それは、「ボランティアの働きに感謝しています。そのことを是非伝えて欲しい」ということでした。させていただいたことはまことにわずかなことですが、しかし、少しでも気持ちを寄せることが、どれほどの力になるのかと言うことを思わされました。これは是非みなさんに伝えなければと思いこうして書かせていただいております。

日本聖公会には全国に多くの幼稚園・保育園があり、教会があり、日本聖公会は「いっしょに歩こうキャンペーン」をかかげ、継続した祈りと活動をしようとしています。
もちろん、日本聖公会だけの内輪のことではなく、どのように被災者の方々にご奉仕できるのかということが一番の目的です。しかしながら、関心を持ち続け、支援し続けると言うことに関して、わたしたちは日常生活に追われていますし、テレビや新聞といったメディア、行政の限界もあることと思います。ですが、わたしたちは被災地に神さまが働かれており、一緒に痛み、悲しみや喜びを共にしておられると信じています。一番しんどい思いをしている方々と共に神さまはおられます。
 二葉幼稚園のお友だちと一緒に遊びました。そのお友だちの笑顔が、これからの私の生活を支え励ましていくことでしょう。
 聖三一幼稚園が、被災地の幼稚園、お友だちとつながっていることを覚えつつ、わたしたちも被災地のお友だちに覚えられ支えられていることを忘れないようにしたいと思います。


ごあいさつ (2011年05月01日)

長らくご愛読いただきました、『園長せんせいのコラム』は
前任の門脇光禅園長せんせいが転任されたため、新しい内容となります。

これまでのご愛読に感謝しつつ、今後とも園のホームページをご覧いただけますよう
よろしくお願いいたします。

園長  高橋 初美