ちゃぷれんの広場

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5がつのコラム (2022年05月01日)

面を上げよ

高地 敬 (こうち たかし)

6年ほど前のドコモのキャンペーン動画ですが、お侍の行列が町を歩いていて、みんなスマホを見ているのですが、一人だけ角を曲がらないでお堀にドボン。次のシーンは、お殿様がかごに乗り、行列が出発します。けれどもみんなスマホを見ていて、かごの中のお殿様もスマホを見ていて、なにか様子がおかしいので外に出てみたら、田んぼのあぜ道にポツンと残されていた。そして、「皆の者、面(おもて)を上げよ」で終わっていました。

歩きスマホは危険だということなのですが、ちょっと考えさせられます。スマホでなくても何かに集中していると、まわりの状況が見えない。逆に周りばかり気にしていると集中できない。まわりが適度に見えていて、しかもある程度集中することができればと思いますが、生活や仕事の中のいろんな場面でそれが難しい自分を発見します。また、集中しなければならないときにできず、まわりを見なければならないときにそれができない。

なんだか本当にうまくいきませんが、神様はそんな私たちをどのように見てくださっているでしょうか。


4月のこらむ (2022年04月01日)

<チャプレンのコラム>

高地敬(こうち たかし)と申します。私は教会の牧師でありますが、学校や病院などで働く牧師をチャプレンと呼びます。聖三一幼稚園は教会の信仰を基にしていますので、チャプレンとして礼拝などに来ることになります。よろしくお願いいたします。

教会の信仰について、「いい人になること」というイメージが一般に強いのだと思います。『子どもさんびか』にも、「かみさまかみさま、わたくしたちを、あなたのよいこにしてください」というのがあります。「いい人になる」のは間違ったことではないのですが、信仰上の第一のことではありません。教会が大切にしているのは、私たちがどんな人間であっても、神様はわたしたちを大切に思っていてくださるということでありました。いい人になるために教会に集まるのでは決してないと言うと語弊があるようですが、神様が一人一人を大切に思っていてくださることに感謝することが第一でありました。「あなたのよいこにしてください」と願わなくても、また、神様を無視したとしても、神様はあなたを大切にしようと思っていてくださる。このことを子どもたちの心に伝えていきたいと思います。


3がつのコラム (2022年03月01日)

<ちゃぷれんのコラム>

「あしあと」

3月に入り、次のステップへの日々が近づいてきました。期待と不安が入り交じります。これまで子どもたちはどのようなあしあとを辿ってきたでしょうか。聖三一幼稚園の子どもたちは神様と一緒に歩んできたのではないでしょうか。日々の祈り・礼拝を通して神様のことを知り、神様に守られて育ってきたのです。

神様のことを知るということは、神様が私たちに何を望まれているのかを知ることです。支え合って生きていくこと、ケンカをしても赦し合うこと、ありがとうと感謝をすること、人が生きていく上で大切なことを子どもたちは知っており、園での生活を通して身に付けたのではないでしょうか。

大切なことを知っている子どもたちですから、次のステップへ進んでも大丈夫、今までの歩みに、そしてこれからの歩みの上にも神様が共にいてくださいます。

聖三一幼稚園に関わる全ての人に神様からの恵みが豊かにありますように。


10がつのコラム (2021年10月01日)

<チャプレンのコラム>

「案外やってみると」

先日、妻が体調不良となり、1歳3か月の息子と一日を過ごすこととなりました。朝起きてから夜寝るまで、朝昼晩の食事に、一緒にお昼寝、お風呂に歯磨き、洗濯に食器洗い、おまけ?に仕事…ドタバタな一日となりました。 一応、家事や育児は手伝っているので、何をやればよいのかは分かっていますが、いざ一人でとなるとしんどいものがあります。

その中でいくつか気付いたことがありました。妻が一日中姿を見せないと息子は母親を求めて泣き続けるのではないかと思っていたのですが、案外楽しく過ごしていました。また、夜寝かしつける時も、いつもなら妻の近くに行き、ゴロゴロとしながら寝るため、父親の私ではなかなか寝付いてくれないのではないかと思っていたのですが、案外スッと寝てくれました。息子の成長に驚きつつ、頑張ってみてよかったと思う一日でした。

今回のことで、妻だけにしかできないことはなく、自分でも出来るということが分かり、新たな自信が付きました。普段の妻の働きに感謝しつつ、自分にもできると自信を持って子どもと関わっていきたいと思っています。