ちゃぷれんのこらむ

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12がつのコラム (2022年12月01日)

<チャプレンのコラム>

さみしいし、うまくいかないし、だからクリスマス

高地 敬

『ごんぎつね』という90年も前の絵本ですが、今でも通用する人間の複雑な思いの込められた作品です。

一人で生きている、いたずら好きのキツネのごん、母親に孝行しようとしてうまくいかなかった兵十(ひょうじゅう)。この一匹と一人がさまざまに関わります。ごんは、いたずらをしたお詫びに魚を盗んで兵十の家に投げ込みますが、そのために兵十はどろぼうにされて魚屋に殴られたりと、ほとんどすべてがうまくいかない。ごんも兵十も気持ちはやさしいのですが、それが相手に全然伝わらない。そしてとっても悲しい結末となりますが、最後の最後に初めて気持ちが通じておりました。

久しぶりに読んで、「絵本の話だけど、私たちのことだな」と思いました。うまくいかないことが多くて、なんか誤解されてるなと思うことも多くて、だからあきらめてしまうことも多い、そんな私たちの姿が絵本の中に込められています。

神様のお恵みは、何でもたいていうまくいっていて、困ることも少ないような人ではなくて、ごんや兵十のような人にたくさんあるのだと思います。それがクリスマスでありましたし、クリスマスの中で伝えられている神様のお恵みでありました。


11がつのコラム (2022年11月01日)

できあがらない

「大器晩成」という言葉があります。ネットで調べますと、「大きな器は完成するまでに時間がかかることから、真に偉大な人物も大成するのが遅いということ。大人物は遅れて頭角を現すということ。才能がありながら不遇である人に対する慰めの言葉としても用いる」と書かれていました。年配になってから花開く人を指して、「あの人は大器晩成型だね」などと使う言葉です。

これは『老子(ろうし)』に出てくる言葉です。偉大な人物は遅く開花するという意味で使われていて、とりあえずこれで間違いないのですが、もともとの意味は違っていると言われます。「道」というものは、大事なのだけれども、はっきりとは見えにくいものだということを言うために、「本当に平たんな道はごつごつと起伏があるようであり、真っ白なものは黒く汚れているかのようであり、すぐれた方形(四角形)には角(かど)がない。偉大な器ははるか後にできあがり、すばらしい音は耳には聞き取れない」などと、へそ曲がりなことがたくさん書かれています。

ですので「偉大な器ははるか後にできあがる(大器晩成)」は、「偉大な器ができあがるのは、ずっとずっとのちのことだ」、つまり「偉大な器は出来上がらない」、「偉大な器は常に未完成だ」という意味になります。頑張って偉い人になりましょうと言う孔子の常識的な考え方を正面からけなしています。

私たちには、「自分はできあがっている」と思ってしまうことがありますが、「自分はできあがった」と考えている間は、まだまだなのでしょう。できあがってはいけない。気が付けば「親」はいつまでたっても未完成です。子どもたちも、「できた」と言って喜び、「できない」と言って嘆いたりしますが、いつもどこかが未完成で、でも、次の小さな完成を目指してくれればと思います。

高地 敬


10月のこらむ (2022年10月01日)

〈チャプレンのコラム〉

「あなたたちの再生」

高地 敬(こうち たかし)

どのご家庭も毎日とてもあわただしい日々をお過ごしなのだと思います。ゆっくり好きなことをしたり、ぼーっと景色を眺めたり、じっくり本を読んだりするのは、なかなか難しいことが多いと思います。そんな中でも「大事なことって何だったかなあ」と時々は考えることができればと思います。

ずいぶん前、こんな話を聞いたことがあります。
「私は大福餅が好きです。大福餅は少し置いておくとお餅が固くなるので、昔は火であぶったものです。するとお餅が柔らかくなって食べられるようになるのですが、お餅に破れ目ができて、そこから中の餡(あん)がじんわりと出てきてしまいます。それで慌てて食べます。お餅のいちばん薄い、弱いところから中の大事な餡が出てきます。大事なものは、厚い、強いところからではなく、弱いところから姿を現すということだと思います。」

子どもたちも同じかもしれません。わが子が頑張ったときには、こんなことが続くようにと願います。頑張れなかったとき、弱虫だったときには、もっと頑張ってほしいと願います。でも、弱虫のときにも、その子の大事なメッセージがにじみ出ているのではないでしょうか。「こんなときにこそ、目を向けてやさしい声を掛けてほしい。」人がめげているときに、どんな言葉をかけたらいいのか戸惑うことが多いのですが、言葉よりも表現力豊かな心を向けることはできるかも知れません。